「また無断欠勤ですか…」
電話の向こうから聞こえてくる派遣先担当者の疲れ切った声。
朝一番に受けるこの連絡に、派遣会社の営業担当者は頭を抱えます。昨日まで「大丈夫です!」と元気に返事していた派遣社員が、突然音信不通になるケース。
これが人材派遣業界では日常茶飯事なのです。
人材派遣業界が「ブラック」と呼ばれる理由の一つが、この「モンスター派遣社員」の存在です。
彼らは予測不可能な行動で派遣会社と派遣先の双方に多大な迷惑をかけ、業界全体の信頼を損なっています。
今回の記事では、私が人材派遣会社の営業として実際に遭遇した様々な「モンスター派遣社員」のケースをご紹介します。これから派遣社員として働く方、派遣社員を活用する企業の方、そして派遣会社への就職を考えている方々に、業界の現実を知っていただくきっかけになれば幸いです。
「モンスター派遣社員」の実例!問題行動・勤怠不良だらけの怪物!
プライドだけは一丁前!出戻りナンパ男
ある日、一人の30代半ばの男性が面談にやってきました。彼は業務経験者(1年程度)とのことで、その経歴を背景に非常に自信満々な態度でした。
「将来の目標は?」と尋ねると、「まずは正社員登用されて、そこからいずれは副店長もしくは店長になることですかね~」と、余裕の表情で答えます。
その自信に満ちた姿勢は派遣先との面接でも健在でした。先方も彼の堂々とした態度を評価し、採用が決定しました。ここまでは順調に思えました。
しかし、問題は実際の就業開始後に発生したのです。彼は全く業務をこなせませんでした。理由は単純で、彼が以前経験した業務と現在の業務では、システムもワークフローも大きく変わっていたのです。過去の経験を過信し、新しい環境に適応できなかったのです。
結果として、彼はわずか3日で「もうムリです」と白旗を上げ、退職してしまいました。大きな口をたたいていた割に、あっけない結末です。
しかし、驚くべきことに彼はそれからわずか1週間後、「今度は大丈夫です」と言って再び別の派遣先への就業を希望してきたのです。しかも今度は担当が私の後輩の女性社員に変わったことをいいことに、その女性社員に「今度デートに行こうよ!」とLINEでナンパするという始末。
プライドだけは高いが実力が伴わず、さらに軽薄な態度。社内では呆れる声が相次ぎました。その後、彼は消息を絶ちました。このような「言うだけ番長」タイプは、派遣業界ではよく見かけるモンスターの一種です。
下心を丸出ししてクビになった男
人材派遣会社には、過去に派遣登録したものの就業に至らなかった人や、途中で音信不通になった「お蔵入り人材」が数多く存在します。新規登録者が少ない時期には、こうした人材に再度連絡を取り、就業につなげようとする「掘り起こし」作業を行うことがあります。
この男性もそうした「掘り起こし」で連絡が取れた一人でした。面談を経て何とか就業までこぎつけましたが、ここから問題が続出します。
・就業初日にネクタイを忘れる ・Yシャツの下に派手な柄物のTシャツを着用 ・研修中にたびたび居眠り ・同じ研修を受けていた女性をナンパし、付きまといのような行為をする
特に最後の女性への問題行動は深刻でした。被害を受けた女性が派遣先に相談したことで発覚し、大問題に発展。激怒した派遣先責任者によって即刻契約打ち切りとなりました。
この件から、「掘り起こし」という作業の危険性を痛感しました。お蔵入りになっている人材には、それなりの理由があるのです。
離婚危機に見舞われた男
30代後半のこの男性は、派遣登録者としては珍しく、受け答えがしっかりした真面目なタイプでした。年齢はやや高めでしたが、業務経験者ということもあり無事就業開始。最初は全く問題なく、安心していました。
しかし平穏な日々は長くは続きませんでした。ある日突然、派遣先の店長から連絡があり、「彼が無断欠勤しており連絡もつかない」という状況に。真面目で責任感の強いタイプだったため、事故や事件に巻き込まれたのではと心配しましたが、やっと連絡が取れると「奥さんと揉めて離婚を突きつけられた」と生気のない声で報告されました。
大変な状況は理解できますが、無断欠勤は事実であり、派遣先への謝罪や今後の対応について相談することを提案しても、彼の返事はすべて上の空。結局、「実家に帰るから」という理由で退職しました。
派遣先店長は激怒し、「そんな奴に給料は払えない」との暴言まで。法的には当然ながら給与は支払われるべきものであり、派遣元会社が間に入って調整しましたが、こうした突発的な問題は派遣業界ではよくあることなのです。
「もう行けません」事件を起こした男性
20代前半と若く、現代風の爽やかな印象を与えた男性。職歴はアルバイト程度で社会人経験は少なかったものの、人当たりの良さから就業が決定しました。不安要素があったため、通常よりも頻繁に面談を行うなど手厚いフォローを実施していました。
そうした甲斐あってか、2ヶ月ほどは順調に業務を続けていました。「これなら問題なさそうだ」と安堵していた矢先、ある朝、派遣先から「彼が出勤してこない」との連絡が。
急いで彼に連絡を試みるも、一向につながらない状況が続き、突然ショートメッセージで「すみません、もう行けません」という簡素な一言だけが送られてきました。
緊急連絡先として登録されていた彼の母親にも連絡を試みましたが、これも不通。結局、音信不通のまま派遣先から契約打ち切りの通告を受け、それまでのフォローの労力はすべて水の泡となりました。
どのような事情があったのかは不明ですが、職場に対してそのような形で離職するのは社会人として極めて無責任な行為です。しかし派遣業界ではこうした突然の音信不通や理由なき退職が日常的に発生しているのが現実なのです。
派遣社員を雇う気が無かったとんでも店長
最後は派遣社員側ではなく、派遣先の店長に関するエピソードです。このチャラい印象の店長とは何度か話す機会があり、個人的にはあまり好意的な印象を持っていませんでした。しかし、重要取引先であるため適度な距離感を保ちながら対応していました。
ある日、突然この店長から「人員を追加したいので、良い人材がいれば紹介してほしい」との連絡が。そこで新規登録していた女性を紹介し、面接まで設定しました。
結果は不採用でしたが、それ以上に驚いたのは同時に出てきた「本社で採用した人員がいたので、派遣はいらない」という発言です。初めから派遣社員を採用する意思がなかったのであれば、なぜ派遣会社に連絡してきたのか理解できません。
こうした理不尽な対応も、派遣業界では珍しくないのです。
「モンスター派遣社員」が生まれる背景。人材派遣会社の闇。
なぜこれほど多くの「モンスター派遣社員」が存在するのでしょうか。その背景には複数の要因が考えられます。
雇用形態による帰属意識の薄さ
派遣社員という立場は、正社員と比べて会社への帰属意識が薄くなりがちです。「どうせ一時的な仕事」「いつでも辞められる」という意識が、責任感の欠如につながるケースがあります。
正社員であれば、突然の退職は履歴書にも傷がつき、将来的なキャリアにも影響します。しかし派遣社員の場合、契約期間満了まで働かなかったとしても、次の就業先に大きな影響が出ないと考える人が少なくありません。
採用基準の甘さ
人材派遣会社は、常に一定数の登録者を確保する必要があります。そのため、採用基準が甘くなりがちで、通常の企業採用では落とされるような問題を抱えた人材も受け入れてしまうことがあります。
特に人手不足が深刻な業界や職種では、「とりあえず人数を確保したい」という派遣先の要望に応えるため、十分な審査をせずに派遣してしまうこともあるのです。
ミスマッチングの多さ
派遣社員と派遣先のミスマッチングも大きな問題です。派遣会社は効率を重視するあまり、派遣社員のスキルや適性を十分に考慮せずに就業先を決めてしまうことがあります。
その結果、派遣社員が業務についていけず挫折したり、職場環境に適応できずに問題行動を起こしたりするケースが発生するのです。
フォロー体制の不足
多くの派遣会社では、一人の営業担当者が数十人、時には百人以上の派遣社員を担当します。このため、個々の派遣社員に対する十分なフォローが難しくなっています。
就業開始後のフォローが不十分であれば、小さな問題が大きくなる前に対処できず、最終的には「モンスター化」してしまうこともあるのです。
「モンスター派遣社員」の見分け方と対処法。早めの契約終了を!
ここまで様々な問題事例を見てきましたが、実際に派遣社員を活用する企業や、派遣会社で働く方々は、どのように「モンスター」を見分け、対処すれば良いのでしょうか。
面接時のチェックポイント
過去の職歴と退職理由
短期間で複数の職場を転々としている場合や、退職理由が常に「人間関係」「会社の方針に合わなかった」などの他責的な理由ばかりの場合は注意が必要です。
自己評価と実績のギャップ
「私はこれができます」という自己評価と、実際の経験や実績に大きなギャップがある場合も危険信号です。前述の「プライドだけは一丁前」のケースがまさにこれに当たります。
コミュニケーション能力
面接時の受け答えが一貫性を欠いていたり、質問に対して的確に回答できない場合は、業務上のコミュニケーションにも問題が生じる可能性があります。
身だしなみや時間管理
面接に遅刻する、だらしない身だしなみで現れるなど、基本的なビジネスマナーができていない場合は、就業後も同様の問題が発生する可能性が高いです。
就業開始後の対策
こまめなコミュニケーション
就業開始後は、特に最初の数週間が重要です。定期的に面談を行い、業務の進捗や職場環境への適応状況を確認しましょう。問題の早期発見が重要です。
明確なルールとフィードバック
勤怠管理や業務報告のルールを明確に伝え、守られない場合は即座にフィードバックすることが大切です。「小さな違反」を見逃していると、次第にエスカレートしていく可能性があります。
複数の連絡先の確保
本人だけでなく、緊急連絡先(家族など)の情報も必ず取得しておきましょう。無断欠勤や音信不通になった場合の保険になります。
早期の見切り
明らかな問題行動が見られた場合は、「様子を見よう」と長引かせるよりも、早期に契約解除を検討することも重要です。一人の「モンスター」が職場全体に悪影響を及ぼすことも少なくありません。
派遣会社で働く人のためのサバイバルガイド
最後に、派遣会社で働く(またはこれから働こうとする)方々へのアドバイスをまとめます。
メンタル面の準備
人材派遣業界で働くには、特別なメンタル面の準備が必要です。「異常が正常」とも言えるこの業界では、一般的な常識が通用しないことも多々あります。
割り切る力を身につける
どんなに丁寧に面談し、慎重にマッチングを行っても、予測不能な問題は必ず発生します。すべてを自分の責任と捉えず、ある程度割り切る心構えが必要です。
感情移入しすぎない
派遣社員一人ひとりの状況に深く感情移入しすぎると、心が持ちません。適度な距離感を保ちながら、プロフェッショナルとして対応することが長く続けるコツです。
実務のポイント
リスク分散を意識する
一人の「優秀な派遣社員」に依存するのではなく、常に複数の候補者を確保しておくことが重要です。「モンスター化」のリスクは誰にでもあると考えるべきです。
データベース管理の徹底
過去の問題事例をしっかり記録し、社内で共有することで、同じ失敗を繰り返さないようにしましょう。「掘り起こし」を行う際には、過去の記録を必ず確認することが重要です。
派遣先との関係構築
派遣先企業の担当者と良好な関係を構築しておくことで、問題発生時にも冷静な対応が可能になります。定期的な訪問や情報共有を欠かさないようにしましょう。
キャリアパスの考え方
スキルの多角化
派遣業界での経験だけでなく、人事や労務、カウンセリングなど関連するスキルを身につけることで、将来のキャリアの選択肢を広げることができます。
業界特有の強みを認識する
人材派遣業界で培われる「困難な状況でも冷静に対応する力」「交渉力」「クレーム対応力」などは、他の業界でも高く評価されるスキルです。自分の強みとして認識しましょう。
終わりに:人材派遣業界の現実と可能性
人材派遣業界は確かに「ブラック」と呼ばれる側面を持っています。「モンスター派遣社員」の対応に追われる日々は、精神的にも肉体的にも負担が大きいでしょう。
しかし、この業界で経験を積むことで得られるものも少なくありません。様々な人間と向き合い、複雑な問題を解決していく過程で培われるスキルは、あなたの大きな財産となるはずです。
この記事で紹介した「モンスター派遣社員」の実例や対処法が、派遣業界に関わるすべての方々の参考になれば幸いです。
派遣社員として働く方は、自分が「モンスター」にならないよう自戒を込めて。 派遣先企業の方は、リスク管理の参考として。 そして派遣会社で働く方々は、日々の苦労を少しでも軽減するためのヒントとして。
人材派遣業界の現場は厳しいですが、それを乗り越えた先には、きっと大きな成長が待っているはずです。
「異常が正常」のこの業界で、あなたならどう生き抜きますか?